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買う方が安いのに米・野菜を自分で作る方がいいんですか?マイナー・サブシステンス論で座談会を開催。

こんにちは。

 

 9/14(水)の13時から池袋で私がファシリテーターをしてマイナー・サブシステンスに関する座談会をすることになりました。

 

座談会は2回目ですが、何とかがんばっていこうと思います(^^)

 

マイナー・サブシステンスとは、経済的価値よりも社会的・精神的価値を重視した生業のことで、人類学や民俗学環境倫理学等で90年代から積極的に議論されてきました。

 

経済的価値よりも社会的・精神的価値を重視する生業論、マイナー・サブシステンス論は人類学者の松井健さんが提唱されたものです。

 

マイナー・サブシステンスの特徴はざっと言うと、

 

①採集の時間・空間が小規模で限定的

②自然の奥での活動

③達成感や生活の暦を意識させてくれる等の身体的効果

④採集者が使う道具は高度なものは不使用。

⑤採集者の頼りは長年培った知識・コツ・カンのみ。

⑥採集目的は経済的効果よりも小さな共同体の社会的威信。

⑦成果や加工品の分配機能。

 

といったものです。

 

現在、私は千葉県匝瑳市において、無農薬でなるべく機械を使わないローテクな方法で小規模の田んぼでお米を作っています(^^)

 

田んぼの稲は全て手植え。

 
腰をかがめて作業するのはけっこうきついものです。
 
 
僕の区画は僕一人、孤独です(笑)。
 
 
 
友達は「田植え機を使えよ」って言ってきます(笑)。
 
 
「田植え機は稲と稲の間隔、植えた時の深さが適度になるように計算されている。収穫量を見込むのであれば手植えなんて論外」と半分馬鹿にされました(笑)。
 
 
でも、手植えってけっこう楽しいんですね(^^)
 
 
地面の泥がヌルヌルも最高です。
 
 
里山の綺麗な景色をながめ、心地よい太陽の光を浴び、風を感じるのも最高です。
 
 
その中で黙々と稲を植えていく、ひたすら単純な作業。
 
 
やがて物思いにふけりながら、現実世界に起こった嫌なことが段々忘れていくんですね。
 
 
月がのぼっても田植えをしていた時がありました。
 
 
水面に映る月の光が非常に趣深く、とても印象に残っています。
 
 
暗闇すらも心地く感じます。
 
 
カエルの鳴き声もこだまします。
 
 
そして6月には我が田んぼにホタルがやってきました。
 
 
ホタルは1990年頃に福島県浪江町の祖父の家で見て以来のことでした。
 
 
あのホタルは本当に美しかったです。
 
 
お金が無くても、このホタルの光を見ただけですごく癒された気分になりました(*^^*)
 
 
 
さて、これが田植え機だったらどうでしょう。
 
 
僕は田植え機を使ったことは無ありませんが、これを使えば来年もやりたいなんて思えそうもありません(^^;;。
 
 
短時間で終わるのに五感を通して自然を十分に楽しめるのか?
 
 
自然の中で黙々と瞑想にふけることができるのか?
 
 
筋肉をフル活用した運動ができるのか?
 
 
夢中になれるのか?
 
 
動物の鳴き声に耳をすませられるのか?
 
 
田植えについてどれだけ楽しく語れるのか?
 
 
また来年もやりたいと思えるのか?
 
 
 
あまりに技術が発達した道具を使うと、田植えから遊びの要素が消え、まったくの労働に変質してしまう気がするのです。
 
 
経済合理性が高ければ高いほど、田んぼを耕す人の精神にとっていいというものでは必ずしもありません。
 
 
人間は思いの外不合理な存在だからです。
 
 
楽だからいいというものではありません。
 
 
収穫量が多けりゃいいというものではありません。
 
 
それでもうまくいけば二畝で80kg。
 
 
十分です(*^^*)。
 
 
このような友人とのやりとりがあって、今回高坂勝さんにお願いして座談会を開催する運びになりました。
 
座談会では、自然の魅力について参加者の皆さんと意識を共有できれば幸いです。
 
日程は9/14(水)の13:00~16:00で東京都の豊島区です。
 
参加されたい方は、以下のfacebookページで参加表明されるか、smily990604@gmail.com (末永)までメールください。
 
 
 
(FACEBOOKページ)

 題目:「買う方が安いのに米・野菜を自分で作る方がいいんですか?〜マイナー・サブシステンス:お金だけじゃ語れない価値と基準とは〜


みなさん、このような経験をしたことがありますか?

 「普段仕事が忙しい中、肝心の週末の休みをゆっくりすればいいのに、肉体的にきつい農作業をしに数十キロあるいは数百キロ離れた小さな田畑へなぜか行ってしまう。。

 「田畑までけっこうかかるはずの車のガソリン代や電車代なんて何のその。」

 「しかも、田植えをする時なんて田植え機を使えばあっという間に終わるのに、あえて手植えでやってしまう。手作業は楽しいけどその労力はけっこうなもの。」
 
 「出来上がった作物はたとえ少なくても、自分だけでは食べずに親戚や友だちといった親しい人におすそ分け。儲けには全然ならない。」

 「お茶を飲みながら親しい人と話す時も、なぜか田んぼや畑で行われる『武勇伝』ばかり。聞く人も楽しそうに耳を傾ける。」

 「これが楽しくて去年も、今年も、来年も続けてしまう。」


 こうした体の五感をフル活用した自然の中での生業活動は「マイナー・サブシステンス(遊び仕事)」と呼ばれ、経済的価値よりも社会的・精神的価値を重視する生業として90年代から注目されてきました。

 人間は時として、経済的、あるいは労力的な合理性を超えて無性に自然とかかわりたくなることがありますが、今回は一度「お金にはならないけど多様な生業の魅力」について大いに語り合えればと思います。


 農業(生業)は始めていないけど自然に興味がある方、農業(生業)を始めたはいいけどまだまだ生活の基盤を支えるくらいの規模には至らないと落ち込んでいる方、すでに「はまるとなかなかやめられない」生業にドップリつかっている方等等の励みに少しでもなれば幸いです。

ps: 上の写真は千葉県匝瑳市で私が米を自給している田んぼです。

場所:Organic Bar
「たまにはTSUKIでも眺めましょ」

http://ameblo.jp/smile-moonset/theme-10007320438.html

参加費:1000円+@
参加者:10名程度(先着順)