老後はマイナー・サブシステンスの特質を持つ野生生物採集の活動に関わっていきたい。経済的価値よりも社会的・精神的価値を重視して生きる術を祖母のイナゴの佃煮から学ぶ。
おはようございます(^^)。
今日は経済的価値よりも社会的・精神的価値を重視した生業について考えたいと思います。
私は大学院生時代、野生生物採集とその食用について研究をしていて、金銭的な収入よりも楽しみや生きがいを重視する生業について修士論文を書きました。
私はその論文で、人類学や民俗学や環境倫理学等で議論されている「マイナー・サブシステンス論」を利用しました。
経済的価値よりも社会的・精神的価値を重視する生業論、マイナー・サブシステンス論は人類学者の松井健さんが1990年代に提唱されたものです。
マイナー・サブシステンスの特徴はざっと言うと、
①採集の時間・空間が小規模で限定的
②自然の奥での活動
③達成感や生活の暦を意識させてくれる等の身体的効果
④採集者が使う道具は高度なものは不使用。
⑤採集者の頼りは長年培った知識・コツ・カンのみ。
⑥採集目的は経済的効果よりも小さな共同体の社会的威信。
⑦成果や加工品の分配機能。
といったものです。
こうして考えてみると多くの人が「あっ」と感じる人も多いのではないでしょうか∑(゚Д゚)。
私が「たまにはTSUKIでも眺めましょ」に通い、コストのかからない生活を志すようになる前の話ですからこの頃から何かしらの伏線があったのかも知れません。
私の論文は田んぼに生息するイナゴという昆虫の食用がテーマでした。
私の祖母は秋になるとイナゴの佃煮を作っていて、毎年おかずと一緒にテーブルにそれが並んでいました。
なぜこのような気持ちの悪い虫が食卓にならんでいるのだろう^_^;。
そんな疑問から上京して大学院に入り、イナゴの食用に関する研究が始まりました。
私の祖母や採集者の方たちを観察してみると、どうも金銭的な収入や自家消費がメインの目的でイナゴをとっているのでは無いようです。
どうもイナゴを自分の親族や友人に配るためにイナゴを捕っているようです。
2010年に手づかみだけで捕ったイナゴは11kgにものぼり、それはほとんど自分で食べずタッパーに入れて自分の近しい人約30人に配っていました。
祖母の作ったイナゴの佃煮は味が良いと評判でした。
イナゴを2,3日煮込んで、値段の高い砂糖を使うだけでも年金暮らしの祖母には負担だろうに、そういうところにはコストを惜しみませんでした。
イナゴをとりに祖母と祖母の仲間と田んぼに行くと、ものすごい勢いでイナゴを捕るものですからびっくりしてしまいました。
イナゴがとりにくそうな丈の長い草むらや用水路でも難なく自分の小さな体を駆使して全て手づかみでイナゴを捕っていました。
晴れた日に広い田んぼで行うイナゴとりはとても気持ちが良かったのでしょう(*^^*)。
雨の日も風の日も惜しまずに田んぼで一日中イナゴをとっていました。
のちにイナゴンピックという群馬県吾妻郡中之条町で行われる「イナゴンピック」という大会に最高齢の82歳の選手として登場し、1位の仲間の74歳のおばあちゃんとともに2位で入賞しました。
老若男女52人が参加し、1位が153匹、祖母が148匹、3位のおじさんが99匹なので採集能力が驚異的なことがわかります。
祖母は老後が本当に充実しているんだなと思いました(*^^*)。
86歳になった今でも足はよく動きますし、今年の秋ももおそらくイナゴをとりに田んぼに行くでしょう。
マイナー・サブシステンス論で論文を書いてから私の老後ははっきりと決まりました。
年金だけに頼らずコストのかからない生活をしながら、マイナー・サブシステンスの特質を持つ生業活動に関わりながら生きていくこと。
それはイナゴとりかもしれないし、自然農による稲作、家庭菜園、あるいはサケ漁もしくはその他の野生生物採集に携わるかもしれません。
祖母の生き方を手本にして、老後を考えていけたらなと思います(^O^)/。